お休みをとって、日本海側の京都の伊根町に行って来ました。 地図

江戸末期から昭和初期に作られた街並です。最初は舟をあげるためと作業小屋として造られた建物ですが、戦後に住居部分も足された2階建てが増えたそうです。

こんな海に面していて、いつも水害で大変だっただろうと思いますよね。それが、大丈夫なのです。理由は地形にあります。

まず海が深く、波が立ちにくくなっています。そして半島に包まれている内海のうえ、その入り口のど真ん中に青島がドーンとあり、この島が防波堤の役目をしています。さらに、この島が海の入り口を小さくしているので潮の干満差を極端に小さくしているという偶然に偶然が重なった奇跡的な条件がこの街並を作り上げています。

上の写真は、昭和に作られた街並ですが舟屋の原型を一番残している地域です。というのも、舟が木製からFRP等になり、舟を家の中に引っ張り込みわざわざあげる必要もなくなってきたので、護岸工事が進んできたのです。写真の両サイドが護岸工事が終わった状態ですね。

写真の一番左の建物は、昭和初期の原型を残す建物とのことです。まるで海の中に建つ建物のようですね。

美しい風景ですね。

上の写真は、舟屋の直ぐ隣の道路です。海側に舟屋が立ち並び、山側には母屋が立ち並びます。 昔は道幅も狭く母屋+倉+舟屋で1セットだったそうです。

舟屋は最近では、舟屋を改装して旅館なんかににも使われています。こんな感じです。

上の写真は、私が泊まった舟屋の旅館から対岸を撮ったものです。

舟屋の中を見てみましょう。

こんな感じで海が家の中に入ってきています。

舟を上げた状態です。

写真を見ていただいてどんな感じを受けましたか?

こんな町を散歩してみたいとか、窓辺に佇みボ~ットしていたいとか感じますでしょうか?それはなぜでしょうか?

街並を作るとは

これは、街並に関する私の考え方です。

この町の建物たちは個性があまりないのです。屋根は切妻で統一され、高さもそろっている。色にも個性がなくそろっています。そして材料は自然と同化するものを多用しています。ただし個性がゼロではありません。自然と決められたルールを守りつつ、大きさがすこち違ったり、開口が違ったりそれらが街並にリズムをつけています。

有名な建築家の堀部安嗣さんが講演でこんな事を仰っていました。「日本には、歩いて楽しい街並が本当に少ない。」と

これは、建築屋の責任が大きいと思います。ピンクやタイル模様の個性豊かなサイディングの外壁、シャープとかシンプルとか訳のわからない言葉をくっつけて突如現れた真四角なデザイナー住宅、山の中なのにサーフボードが似合う住宅・・・個性と個性がぶつかり合い街並を破壊してしまった。

私たち建築屋は、今まで街並を破壊してきた反省をこめてもう一度デザインを考えたほうがいいかもしれません。

先日、堀部先生にお会いしたときに「先生、お勧めの街並どこかにありませんか?」と尋ねてみました。すると「鹿児島の知覧の街並はいいよ。」と伺いました。一度行って来よう。